ねこ科たぬきの部屋

ホラーとプロレスが大好きな男が南の島から短編の怖い話奇妙な話をお届けします

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奇譚 救済

 


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とあるビル、屋上で転落防止の金網を乗り越え、彼は飛び降りようとしている。私は熟練の警備員として見逃すわけにはいかない。
不審な動きをしているので、何か企んでいることは感じていたが、まさか命を絶とうとしていたとは。

「まて!はやまるな!君が命を落とす必要はない!」

「…もう疲れたんだ、学校でも家でも…僕は必要とされてない…もう疲れたんだ!」

「…正直、今の君が感じている苦しさは私には分からない。でもな、君はまだ若いのに世の中を狭い視野で見るんじゃない!」

「…」
彼の目からは涙が溢れている。そうだろう、まだ若いのに命を落とすなんて事、本当は嫌なはずだ。助けを求めているんだ。大人が彼を守らなければいけないはずなのに、彼は1人苦しんで、悩んでいたんだ。
彼の気持ちを想うと心が締め付けられる。

「…良いか。君はまだ若い。世界は本当に広いんだ。学校や家が全てではない、君が今見ている景色が全てではないんだ!優しい人もたくさんいる、いずれ君を、君の存在を必要としてくれる人も必ずいる!世界はそんな風に出来ているんだ!誰にも必要とされてない人間なんていないんだ!」

「…ほ…ほんとに?」

「ああ…大人になればわかる…今の家や学校なんて社会のほんの一部だ。社会にでればもっと自由になれる!」
緊張し続けていた彼の表情が少し和らぎ、こちらへ身体を向けている。あと少しで若い命を救うことができるはずだ。

「社会に出れば、台風だろうが吹雪だろうが、出勤の為に朝から人でたくさんの満員電車に揺られるかもしれない。
それでも君を必要としている会社の為、1日の大半を必死に働いて過ごし、時には上司やお客さんに怒られることも、休日が無いこともあるかもしれない。
でも一生懸命働いて稼いだ給料で社会の為に税金を払うんだ!好きな物も美味しい物も手に入らないかもしれない。
しかしその税金のお陰で救われる人もたくさんいる!
もしかすると会社と家の行き来だけで気づけば何十年と過ぎていることになるかもしれない!でも1人じゃない!仲間はたくさんいるんだ!」

彼は覚悟を決めた表情を浮かべひらりとビルから身を投げた。

ビルの前では悲鳴が聞こえてパニックになってしまっている。


「あぁ…助けられなかった。」

−−−−−−−−−

「何故彼は飛び降りたのか、何故助けることが出来なかったのか、今でも分かりませんが、私は今でも彼を助けることが出来なかった事を後悔しているんです」

神妙な顔をしながら語る男性を見ながら、
私は奇譚とは色んな意味があるのだなぁと考えていた。

 

 

 


 

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